1.生物を取り巻く諸問題
生物多様性条約については前掲したとおりだが、やはり我々にとってもっとも興味深いのは最近話題の移入生物問題だ。

まず、報道や世論がかなり混乱していることは知っておいていただきたい。

黒潮に乗ってたまたま北上して、島のまわりに居着いてしまったアイゴを「外来魚」と書き立てる新聞があったりするし、「かわいそうだ」「悪いのは人間だ」といって、紀伊半島、下北半島でニホンザルとの混血が問題になっているカニクイザルや、各地で繁殖しているアライグマ(タヌキなどの生態的地位を脅かす)などを擁護する人もいる。

また一方では「欧米の生物」という人がいるが、日本原産種がアメリカで被害を与えた例もあるのだ。

さらには都市部でペットが放されて見つかるワニガメやピラニアは危険だということで騒がれるが、ミドリガメ(ミシシッピアカミミガメ)やテラピアは大繁殖していてもたいした話題にならない。

昆虫も同様で、秋、都市部の街路樹でけたたましいほどに鳴くアオマツムシは中国境大陸原産。しかし今や部会の秋の風物詩。競合する昆虫がほぼいなかったため、木の上を住みかとする彼らは一気に増えたのだ。

植物に至っては、平面でしか生きられず、移動もできないわけだから、直接肉食動物のように在来生物を柚食しなくとも、確実に在来植物の生息城を侵食しているのに、外来・在来など普通の人では区別がつかないためか、アレルギー性ゼンソクの原因になると誤り伝えられているセイタカアワダチソウ等以外は話題にもならない。

しかし、数で言えば、関東の都市部河川敷では90%が外来の植物であるとさえ言われているほどだ。セイヨウタンポポ、ヒメジョオン、ハルジョオン、アカツメクサ、シロツメクサ、マツヨイグサ、オオマツヨイグサ(月見草)などなど。

また、イヌフグリはいまや希少種で、見られるのは帰化種のオオイヌノフグリ(青い可愛らしい花を春に咲かせる植物だ)ばかり。さらに水中に潜れば、水草もオオカナダモをはじめ、軒並み外来種ばかりなのが実情だ。

そして、この問題の大きなところだが、いつ移入されたものからが問題となるのか、まったくはっきりしない。ハクビシンというケモノは、在来説もあるほど各地で変異が報告されている古くから存在している動物だが、アライグマ同様の「野性化したペット」としての扱いを受けている。

一方で「チョットコイ・チョットコイ」と鳴くというコジュケイという烏は奈良時代に移入された(もっとも最近では大正時代という記録もある)というが、さも在来種のような扱いだ。

それどころか魚類のレッドデータリストにはタイワンキンギョが記載されている(在来説もあるが、日本での生息は沖縄本島のみで、台湾との中間に位置する島々には生息していないため移入種と推定される)し、国の天然記念物(埼玉県越谷付近の地域指定)のシラコバトは、江戸時代に鷹狩りの獲物として持ち込まれたといわれる、インドからの移入種だったりもするのである。

2.移入魚についての考察
外国起源であろうと、国内に生息していようと、それまでその地域の自然環境中に存在していなかった生物が現われれば、それは移入種である

国境などは人間が決めたものでしかない。この移入種の出現により、近い生物なら交雑種が生まれることもあるし、競合することもある。水中なので見えにくいが、「放流」という「移植」が普通に行なわれている魚の世界ではそれが顕著だ。

例えば、近年研究が進んでいるアユだが、それによれば、琵琶湖産のアユは放流されてもその河川のアユと交わらないという。結局ニジマスのように釣られて終わりの魚である。

しかしそこでは多くの付着性藻類(水アカ)を食べて、在来アユと食物で競合しているわけだし、同様に付着性藻類を食べる水生昆虫は在来魚の餌となるわけだからアユ以外の在来魚に影響を与えている可能性さえないとは言えないだろう。

最近、糞によって雑木林が枯れるなどの被害が各地で報告され話題となっている、カワウ(鳥類)の大繁殖もアユの大量放流に原因があるといわれてきている。

ヘラブナであっても、本来は食用としてゲンゴロウブナを改良した飼育種であり、大量の植物プランクトンを食べる。この食物連鎖の基礎である植物プランクトンの消費と、餌として使われるさまざまなデンプン質などが湖沼の生態系にどういう影響を与えているのかは未知数だ。

また、夏は涼しいところで釣りたい、とかなり標高の高い、水の栄養度の低い、本来はコイ・フナの類の生息には適さないはずのところに放流され、さらに大量の餌がまかれているのはどうなのだろう?「食害」ではなく「生態系」というレベルで考えた場合、これらのことは影響がないとは言いきれない。

また、養殖の確立されたものが放流用としてあちこちで養殖されているため、全国各地のヤマメが奥多摩の本流を中心に生息していたものをルーツとする養殖ヤマメになってしまっていたり、イワナもヤマトイワナとニッコウイワナが混在したりという(渓流魚は河川どころか沢により違うことを考えれば、学術的分類だけでものを言うことさえも、生物多様性の点で問題だが)、国内に存在する生きものでもこういうことが起こるのである。

そして、ブラックバスの食害を受けるということで最大の被害者といわれるワカサギであっても、国内とはいえ移入種であるところがほとんどだ。もともとワカサギは汽水域の魚であり、完全な淡水域についてはすべて移入種なのである。

そして彼らも主に動物プランクトンを棚食するが、その影響について調査されたという話は聞くことがない。

しかし、こういった放流事業は産業であり、昆虫やプランクトン、商業的に影響のない魚などの生物たちが絶滅寸前の被害を受けていても、訴える人がほとんどいない現状では、研究資金が出ないから研究もされず、もし研究発表が出ても論議さえされない。これはある意味当然のことなのである。

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